bluescreenplus

小学校の担任の先生から卒業の時に貰った色紙

○○へ
自分が嫌になったら
成長していると思いなさい
厳しい反省が自分を育てる

今でも大事に持ってます。心の支えです。
uinyan:

(via ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd : いやー、こんがり焼けてきたわー)
まあ、「絶対にケーブルテレビは見ない」という人のために、機能を省略して安くした機種を売るのはアリかもしれないけど、その場合は、「本機種にはケーブルテレビの番組を録画する機能はございませんが、その分、お安く提供いたしております」とか何とか、大きく謳うべきだろう。
 しかし、箱にも取扱説明書にも、「ケーブルテレビは録画できません」などと書かれていない。もちろん店頭の表示にもなかったし、店員からも何の説明もなかった。たぶん店員も知らなかったんじゃなかろうか。

。これまでケーブルテレビの番組は録画できて当たり前だと思ってたから、よもやそんなこともできないレコーダーが存在するなんて想像できるわけがない。  事前に知ってたら買わなかったよ、こんなもん!

「ホームページでは説明しているはずですが」

 とカスタマーセンターの人は言うのだが、調べてみたら、案の定、そんな説明はどこにもなかった。

http://ctlg.panasonic.jp/product/info.do?pg=04&hb=DMR-BRT210

「カタログには記載されております」

 後で調べてみたら、これもウソだった。DIGAのカタログにはどこにも、この機種ではケーブルテレビが録画できないという説明がないのだ。  もっとも、カタログ9ページの右下隅には、背面の写真が小さく載っていて、よく見れば外部入力端子がないことが分かるのだが……これを見て「ケーブルテレビが録画できない」と気づく人間がどれだけいるんだろうね?

仕事柄、たくさんの経営者にお会いしてきたが、年齢にかかわらず、できる方は、マッシュアップとかウィンウィンといったカタカナビジネス用語はほとんど使わず、こどもからおばあちゃんにまで伝わる、ひらがな言葉で自分の経営や商品やサービスの説明をされる。これ、わりと例外ないです。
otsune:

騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信し… on Twitpic
騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信してみろ。例えば、「東京 天気」とか。Google先生からすぐに返信くるから。

otsune:

騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信し… on Twitpic

騙されたと思って、新規MMSで宛先を「 g@google.jp 」にして、メッセージ本文の欄に知りたい情報を入力して送信してみろ。例えば、「東京 天気」とか。Google先生からすぐに返信くるから。

uinyan:

003.jpg

(Source: butterfly1223, via kerfume)

1 やるっきゃ騎士φ ★ :2008/05/12(月) 18:03:43 ID:???

1. PCの処理速度が遅い
2. 社内システムが統一していない
3. 提出書類が多い(デジタル化してない)
4. 仕事の指示が曖昧
5. 朝礼・会議が長い
6. 机の上が汚い
7. プリンターが故障しやすい
8. 社内情報が更新されない
9. 突発的な依頼が多い
10. やらなければいけないことを先延ばしにする
11. 社内会議が多い
12. 上司のスケジュールが分からない
13. ミーティングスペースがない
14. 仕事の優先順位がつけられない
15. 休憩時間がほとんどない
16. 食堂が混雑する
17. 上司のITリテラシーが低い
18. トイレの数が少ない
19. 秘密保持に関するルールが多すぎる
20. 仕事に締切がない
(集計期間:2008年3月21日-2008年3月22日)

28 名刺は切らしておりまして :2008/05/12(月) 18:30:18 ID:109RjROL
っていうかこれ
旧日本軍とあんま変わってないね・・・・

この国もう一回戦争やったらまたおんなじ過ちを犯して負けそうだな・・・

「コンピューターの普及が記憶の外部化を可能にした時、あなたたちはその意味を、もっと真剣に考えるべきだった」

ここでやはり思い出すのは映画「攻殻機動隊」のこのセリフです。立花隆氏と映画監督の押井守氏の対談で、押井監督は記憶について次のように語ってます。

人間の記憶って実は、概ね捏造するわけですよね。(中略)
だから人間の存在の大部分が記憶に依存しているんだとすれば、自分のオリジナルみたいなものは、実は記憶それ自体にあるわけじゃなくて、記憶を捏造する過 程自体にあるんじゃないかという。いろんなデータを結びつけて、あのとき自分はどうだったああだった。あの人はこういう人だったとかね。自分はその人に対 してこういう感情を持っていたとか、それは10年20年経つとやっぱり都合よく変ってくるわけなんですけど、そこの変ってくるプロセス自体が実は自分なん だという。

これはデータはいくら蓄積してもただのデータであり、それが自分の興味をひきつけた文脈、自分がそれをどのようにして受け止めたのかという「余白の注釈」が実は大事だということでもあります。

子供の頃に好きだったものを数十年後に見返して、「あれ? なにかが違う」と思うとき、それはオリジナルを前にした自分が変化しているからですが、データだけを保存して「過去がそこにある」と思っていると、こうした印象は手をすり抜けていってしまうかもしれません。